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新潟市 潟のデジタル博物館

清五郎潟

清五郎の地にあり、鳥屋野潟と水路でつながる潟

清五郎潟せいごろうがた

清五郎潟

 

潟の概要

 清五郎地区にあり、鳥屋野潟の南に隣接しており、水面は鳥屋野潟に通じています。かつての清五郎潟の北西部分は、現在は「天寿園」と呼ばれる庭園になっています。
 ちなみに、清五郎地区の住民の話によると、昭和40 年代頃まで、清五郎潟でも雑魚を獲るための漁が行われていたそうです。

清五郎潟の動植物

 水面にはヨシが茂り、ヒシなどの水生植物が生育しています。 
 厳冬期には清五郎潟をねぐらとするハクチョウが多く見られ、鳥屋野潟で風雪が強い時の避難場所としての役割を担っています。

清五郎地区の歴史

 慶長3年(1598)年、新発田藩主の溝口秀勝が加賀から越後に入封した後、越後での新田開発を夢に8人の農民が加賀から新潟に移ってきました。この8人の中に「清五郎」という名の者がいました。清五郎は病弱で、現在の新潟市中央区清五郎地区を開墾する際、志半ばで病に倒れ、亡くなりました。8人の仲間の中で清五郎が最初にこの地に埋葬されたので、その名をとって、地名にしたといわれています。
 かつては、鳥屋野潟と清五郎潟、その南側にいくつもある大小の潟とつながる川が、集落を貫くように流れていました。「清五郎の今昔」(1985)には、「丸潟から澤海長潟、鍋潟を通り清五郎小潟から清五郎の村中を流れ鳥屋野潟を経て栗之木川に続き、沼垂の町中を流れ海に続いて居た。」とあります。また、清五郎地区の住民の話によると、川の水は、飲料水・生活用水であり、川は運搬や移動のための重要な水路でもあったそうです。
 1948(昭和23)年に栗ノ木川排水機場が完成し、鳥屋野潟の水位が下がると、清五郎川の水位も下がり、川端の家屋が傾くなどの影響が出ました。1968(昭和43)年に親松排水機場が運転開始されるとともに、清五郎川が不要になり埋め立てられ、現在の清五郎排水路が整備されました。

基本データ

清五郎潟面積:約2.0ha
水面標高:T.P.-2.5m
水源:河川・排水路
潟(湖沼)のタイプ:潟湖(海岸砂丘で閉塞され、海面の低下とともに平野のくぼ地に残された水面)

所在地

新潟市中央区清五郎

交通アクセス

【車】
●磐越自動車道「新潟中央I.C」から デンカビッグスワン方面へ 約5分
●新潟バイパス「女池I.C」から 県立鳥屋野潟公園、デンカビッグスワン方面へ 約5分
【バス】
●新潟駅南口 新潟市民病院行又は新潟市民病院経由曽根木ニュータウン行又は新潟市民病院経由大野行「天寿園前」下車 徒歩約3分