新潟市潟のデジタル博物館

潟を知る

昔は福島潟とつながっていた小さな潟

内沼潟うちぬまがた

内沼潟

潟の概要

 福島潟から南西約2 キロメートルに位置する潟。1680年頃の福島潟の水面積は約5,800 ヘクタールであったといわれていますが、内沼潟はその一部でした。1816(文化13)年、福島潟を横断するように築堤された山倉新道(やまくらしんどう:現主要地方道 新潟・五泉・間瀬線)によって、福島潟から分離されてできました。地域では「新開潟(しんがいがた、しんげがた)」とも呼ばれていたといいます。
 戦後、周囲から干拓が進行し、面積約6 ヘクタール、平均水深50 センチメートルの細長い潟になりましたが、1995(平成7)年から北東部が埋め立てられ、2017(平成29)年時点では、約1.15ヘクタールの大きさになっています。

景観的特性

 潟の周囲にはヨシマコモの小群落があります。また、周辺の水田では、冬季になるとハクチョウなどが餌を採っている姿が見られます。
 内沼潟の風景について「小さい潟だが、朝霧がかかるときや雪の季節には幽玄の世界を演出しており、見とれるほど美しい」と表現する地元住民もいます。かつてハスが湖面に繁茂していましたが、2012 年頃から確認されなくなっているとのことです。

ハスが咲いていた頃の内沼潟

基本データ

内沼潟

面積:約1.15ha
水面標高:T.P.-0.6m
水源:河川
 潟(湖沼)のタイプ:潟湖(海岸砂丘で閉塞され、海面の低下とともに平野の低地に残された水面)

所在地

新潟市北区内沼