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新潟市 潟のデジタル博物館

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史跡・史料・史実

山本丈右衛門供養塔やまもとじょうえもんくようとう

名称 山本丈右衛門供養塔(やまもとじょうえもんくようとう)
分類
所在地 新潟県新潟市北区前新田 延寿庵
問い合わせ先
画像
関連する潟 福島潟

寛保2年(1742)、頚城郡鉢崎村(柏崎市)山本丈右衛門は、幕府に福島潟の開発を願いでた。その結果、幕府は宝暦4年(1754)、福島潟周辺33ヶ村を幕府領にし、翌年、丈右衛門に開発を許可している。
丈右衛門は、まず阿賀野川へそそぐ新加治川の瀬替えを行い、次いで新井郷川のはけ口を改修して、阿賀野川からの逆流を防ぐ工事を行った。
しかし、資金不足と江戸時代の土木技術の限界から、開拓予定の303町歩(ha)のうち、6~7割を開発したところで、明和7年(1770)に病死した。
この供養塔は、福島潟開発の転換期となった文化15年(1818)に、市島徳次郎をはじめとする水原十三人衆によって開発の先駆者であった丈右衛門の冥福を祈って建立されたものである。

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